A counterattack is confession.
「貴方、宝石相手にも愛を囁いてるんじゃないでしょうね?」 思わず口から零れてしまった言葉に、並んでソファーに座っていたルパンが、きょとんとした顔をした。 その表情が昼間の世を忍ぶ仮の姿であるルーピンに被って、ちょっとだけエミリーの跳ね回っていた心臓が落ち着く。 しかしそう思ったのも束の間、ルパンの薄い紫の瞳が面白そうに細められた。 「へえ、面白い事を言うね。どうしてそう思ったか、聞いて良いかな?」 そう言って覗き込まれて、エミリーの鼓動がまた一つ跳び上がる。 (うう、な、なんでルパンの瞳って、こんなに無駄に色っぽいのかしら・・・・っ) 一見、軽薄な様に見えて覗き込めば込むほど複雑な想いを覗かせるルパンの瞳はうっかりすると引き込まれそうになってしまう。 しかも今いるホワイトリー家のエミリーの私室のような、二人きりでいられる場所では、特に遠慮なくルパンが距離を詰めてくるので、間近にムスクの香りを感じられて余計にドキドキ倍増だ。 しかも。 「だ、だって、貴方・・・・いろいろ、言い過ぎなんだもの。」 「うん?いろいろって?」 何とか言葉を選んで言ったのに、はっきり言ってくれないと分からないよ、とばかりに首をかしげられて、エミリーはぐっと言葉に詰まった。 (絶対わかってるくせに!) 一日が無事に過ぎ、後はやすらかな眠りに就くというこの安息の時間に、なんでエミリーの心臓がやたらと忙しく働いているのか。 なんで、ほっぺたが熱く感じているのか。 なんで、うっかり宝石にまで愛を囁いているんじゃないかなんて言葉が飛び出したのか。 結果には原因があるものだ。 そして、今の原因は。 「あ、貴方が・・・・」 「僕が?」 「やたらと、可愛いとか愛らしいとか言うからっっっ!!!」 もはややけっぱちでエミリーが叫んだ言葉をルパンは予想していたのだろう。 そう言った途端に、彼は堪えきれなくなったように吹き出した。 「ルパン!!」 「はははっ。いや、だって君があまり可愛い事を言うからさ。」 ごめんと口では言いながらも、まったく悪びれた様子のないルパンをエミリーは睨み付けた。 「ひどいわ。貴方が言わせたくせに。」 「くっ、ふふ・・・・いや、すまないね。」 「・・・・絶対、そう思ってないでしょ。」 (また、からかわれちゃったわ。) 消化しきれないもやっとした怒りをはき出すように、エミリーはため息をついた。 でも、あれ以外の答えもなかったのだからしかたがない。 もともとルパンは口が上手い方だと思う。 何せ、まだ彼の正体を知らず「オディールの涙」盗難事件で成り行き上、ルパンに攫われた時から、「お姫様」だとか「可愛い」だとか言われたのだ。 (それが恋人になってから悪化してる気がするわ。) はあ、とエミリーがため息をつくのも無理はない。 普通なら恋人からの褒め言葉は嬉しいに違いないが、ルパンときたら今宵もエミリーの部屋の窓辺に現れた時の「こんばんは。僕の愛しのお姫様。」から始まり、部屋に入って隣りに座って他愛ない話をする間もことある毎に「可愛い」やら「綺麗」やら「愛らしい」やら・・・・。 「本当に、どこからそんなに女性を褒め称える言葉が出てくるのかしらって思ったのよ。」 自らの回想に沿わせるようにそう呟くと、笑っていたルパンがちょっと肩をすくめた。 「それで自分以外の、例えば宝石にも僕が愛を囁いているって?」 「・・・・だって、貴方、囁いてそうじゃない。初めて会った時に、僕は獲物には等しく愛を注いでるって言ってたし。」 「そう言えば、宝石相手に恋人みたいな事を言うのねって君に言われたね。」 確かにそう言った記憶はある。 何せ、一つの獲物を追いかけている時に他の獲物に目移りするなんて浮気なことはしない、と言うようなことを彼はしゃあしゃあと言ってのけたから。 「やっぱり、愛ぐらい囁いてそう。」 自ら盗んだコレクションを一つ一つ鑑賞し、一つ一つを褒めそやすルパン・・・・。 思わずそんな情景が思い浮かんでしまって、エミリーは頭の大部分で「有りえそう」と納得し。 (・・・・でも、ほんのちょっと、複雑かも。い、いえ、ちょっとだけだけど!!) 心の片隅で感じたもやっとしたものを打ち消すように、エミリーは慌てて頭を横に振った。 そして振ってしまってから。 (あ・・・・) しまった、これでは何を考えていたのか丸出し、と思って恐る恐る視線を戻せば、とっても良い笑顔のルパンと視線がぶつかった。 「ねえ、エミリー?」 意味ありげに名前を呼んでくる声に、ああ、ばれてるとエミリーは小さな敗北感を感じる。 そして、それを肯定するように。 「もしかして、僕のコレクションにも妬いてくれた?」 「っ!」 まさに図星の指摘に、エミリーは頬に血が上るのを感じた。 (うう、これをわざわざ言ってくるのがルパンよね。) ルパンは言うなれば可愛いやきもちを見て見ぬふりをしてくれるタイプではない。 というか、そんな顔を見せれば完全にからかわれるネタにしかならない・・・・と、エミリー本人は思っている。 なので。 「・・・・ちが」 「違うのかい?」 「・・・・・・・・・・・・ちが、わない。」 完全に負けた気分でぷいっとエミリーは視線を逸らしてしまう。 故に ―― その間に、緩む口元をルパンが隠したのは彼にとっては幸運なことに、彼女の目には映らない。 おかげで、エミリーは敗北感にうちひしがれながら、大きくため息をついた。 「なんだか、ずるいわ。」 「え?」 「だって、私ばっかり・・・・振り回されているみたい。」 「・・・・・」 そんなエミリーの呟きに思う所があったのか、ルパンは黙ってしまったが、エミリーはそのまま続けた。 「さすがに逃げられちゃう事はなくなったけど、いつもからかわれてばっかりなんて少し悔しいわ。」 「からかってなんかいないさ。」 そう言って、ルパンはエミリーの手を掬い上げると慣れた仕草でその甲にキスをする。 「確かに僕は僕の愛する美しいものへの賞賛は惜しまないけれど、君への言葉ももちろん全て本気だよ?」 「また・・・・」 からかって、と返すには手の甲ごしに真っ直ぐに向けられる紫の瞳が真剣で、エミリーの鼓動がまた忙しくなる。 かと思えば、 「もちろん、君が僕を振り回してくれるというなら、それも大歓迎だけど。」 そう言ってルパンが浮かべた笑みが、なんだか振り回される事なんてないと思っている余裕の笑みのようにエミリーには感じられて、ちょっと拗ねた気持ちになる。 「貴方を振り回すなんて、できっこないわよ。」 いつも振り回されてばっかりなのに、とその気持ちのまま口にした言葉に、ルパンは楽しそうにくすくすと笑う。 「そんなことないさ。例えば」 そう言って、ルパンは拗ねて少し尖ったエミリーの唇に、人差し指で触れた。 「っ!」 思わず息を飲むエミリーに、ルパンはウィンク一つ。 「この可愛らしい唇から君の想いを聞かせてくれたりしたら、僕は簡単に振り回されるよ?」 「なっ!」 恥ずかしさにかあっと頬が熱くなって、思わず「またからかって!」と言う言葉が口から出・・・・そうになって。 (・・・・そう言えば、私) 不意に、冷静な風が頭の中に吹き込んだ。 そう言えば。 (私の気持ちってあまり言ったことがないような。) ふと思い返してみれば、恋人になってしばらくたつのに、あまり言葉で伝えた事はない気がした。 (いつもルパンがやたらと言うから。) 愛してるとか、好きだとか、ルパンはそういう言葉を惜しまない。 それがエミリーの常識的にはちょっと多すぎるから、ついついからかわれているんじゃないか、と思ってしまうけれど、それでも好きな人にそう言われて嬉しくないわけはない。 (それなのに、私は恥ずかしがってあまり言わないものね。) ルパンがエミリーの分も補って余りあるぐらい甘い言葉をくれるから、もしかしたら油断していたのかも知れない。 そこまで考えて、エミリーはルパンへと視線を戻した。 「?」 赤くなった後に、真っ直ぐに見てくるエミリーの行動が不思議だったのだろう。 僅かに首をかしげるルパンの仕草に、胸の中の温かい感情が刺激される。 (いつもいつも、言われているばっかりじゃ駄目よね!) 正直、ルパンの美辞麗句に加えて甘い言葉は言いすぎだと思うけれど、かといって全然言葉で伝えないというのも良くない。 ・・・・と、ここまでエミリーの思考を追ってきたのでおわかりかと思うが、彼女の名誉のために言っておくと、この時点ですでにエミリーには、相手を振り回したいという野望などない。 ただ、気まぐれで、とらえどころがなくて、それでもエミリーに対しては誠実であろうとしてくれるルパンへの想いだけが膨らんでいた。 (からかわれるのは恥ずかしいけれど・・・・) 空色の瞳でエミリーはじいっとルパンを見つめる。 それでも、この七変化する怪盗がエミリーの表情の変化一つに悪戯っぽく笑う姿がエミリーは結構嫌いではないのだ。 沈黙が長すぎるせいか、不思議そうから怪訝そうに表情が変わったルパンをじいいっっと見つめて。 「ルパン。」 名前を呼ぶと、何故かほっとしたようにルパンが表情をゆるめた。 「何?エミリー。」 いつもの笑みを浮かべて問いかけてくるルパンに、エミリーはにっこり笑って。 「好きよ。」 ―― たった3音。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え」 発した瞬間に、ルパンはぴたりと動きを止めた。 が、自分の気持ちを伝えようという目標に一生懸命なエミリーはそれには気が付かなかった。 「私はルパンが好きよ。大好き。」 「・・・・・・・・」 「考えてみたら私からはあまり言ってなかったけど・・・・でも、ちゃんと好きなの。」 「・・・・・・・・・・・・・・」 「貴方はいつも私をからかってばかりだけど、それでも私はそんなルパンが好きだわ。」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「・・・・えっと、ねえ、聞いて ―― 」 一生懸命言ったのに、あまりの反応のなさに、エミリーはふと不安になって、いつの間にかルパンの襟元の方へ落ちていた視線を上げようとした。 その瞬間 ―― 「きゃっ!」 ぐいっと引き寄せられたかと思ったら、肩口に顔を押しつけられる。 「ちょ、ちょっとルパン??」 ふわりと香るムスクの香りと、ルパンの思いの他しっかりとした腕を感じてエミリーの鼓動が一気に早くなる。 でもそれ以上に、そんな行動に出ておきながら、全然何も言わないルパンが気になってしかたなかった。 「どうしたの?えっと、なんで私は急に抱きしめられてるのかしら??」 「・・・・頼むから」 「?」 「・・・・しばらくこうしてて。見ないでくれるかな。」 「え、でも・・・・」 あまり聞いた事がないルパンの呻くような声に、エミリーは心配と好奇心と不安がない交ぜになって戸惑う。 (どうしたのかしら?気分が悪くなった、とか?) 自分が告白した直後にそうなったのだとしたらちょっとどころじゃなく落ち込みそうだけれど、もしそうだとしたらこのままでいるわけにもいかない。 「ルパン、本当にどうしたの ―― 」 確かめなくちゃ、という気持ちでエミリーは無理矢理ルパンの腕の中で身をよじると、ルパンの顔を覗き込んで ―― 「え・・・・」 顔を見た瞬間、エミリーは信じられない思いで絶句してしまった。 なにせ ―― ルパンの顔は、今までに見たことが無いぐらい真っ赤で。 「〜〜〜〜、だから見ないでくれって言ったのに。」 見られてしまっては隠す意味がないと思ったのか、少し腕をゆるめて口元を手で覆うルパンをエミリーは呆気にとられたように見つめる。 「ルパン、貴方・・・・貴方でも照れることなんてあるのね。」 「〜〜〜〜〜〜っ!君も十分意地悪だよ。」 もの凄く心からの感想を述べた途端に、苦虫を噛みつぶしたような顔をするルパンがもの凄く新鮮で、エミリーはわき上がってくるくすぐったい歓喜そのままに、くすくすと笑い出した。 「エミリー!」 「ごめんなさい、だって、まさか私が貴方を振り回す事が出来るなんて思わなかったんだもの。」 「っ!」 「しかもそれがまさか。」 (私の気持ちを告げたら、なんて。) 嬉しくっておかしくってどうにかなりそうだ。 自分が言う分には惜しげもなく甘い言葉も言えるのに、エミリーの飾り気のない言葉一つで、こんなに動揺してくれるなんて、誰が思っただろう。 「だから・・・・君は僕の特別なんだから。」 しかたないだろう、と諦めたように呟くルパンが、なんだかとても愛おしくて。 「ルパン!」 「っ!」 飛びついてきたエミリーをルパンは慌てて受け止める。 その彼をぎゅーっと抱きしめて。 「好きよ、大好き!」 「〜〜〜!だから!」 弾んだエミリーの声に、もうお手上げと言わんばかりのルパンの声が重なって。 ―― これ以上はもう限界、とルパンがエミリーの唇を塞ぐのは、この数秒後の事である。 〜 END 〜 |